税務署には「反面調査」という武器がある

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税務署には「反面調査」という武器がある
 会計帳簿を作成しなければならないのは、会社や個人経営を問わず、商法上の義務づけである。 ところが、税法では青色申告をしているときにだけ記帳を義務づけている。しかも、提出義務のあ るのは「決算書」だけ。帳簿がなくとも、つくろうと思えば「決算書」は作成できる。

 荒井善三会干九歳〉は、文房具店を開業して五年になる。いまだかつて帳簿なんかつけたこと がない。もちろん、個人経営の白色申告である。売上高と仕入高だけはわかる。毎年の確定申告 には、それぞれをいくらか圧縮して少なくし、税務署は売上高の大体二一パーセントぐらいを所 得金額とみているようなので、それに合うように、適当に数字を並べて申告してきた。

 たとえば、一年の売上高が千五百万円ぐらいあるとすると、これを千二百万円ぐらいしかない ことにし、まず所得金額をその二一パーセントとおさえて、二百五十二万円とし、残りを仕入金 額や諸経費を適当に割り振って申告してきたのである。そして、この所得金額から配偶者控除や 扶養控除などの適用できるかぎりの所得控除を百万円ぐらい差し引くから、所得税額は大したこ とはない。つまり、初めから軽い所得税額をはじきだすように、仕入金額、諸経費をねつ造する のである。これで四年間はなにごともなく過ぎた。青色申告にしたらどうかという地元の青色申告会のすすめも、めんどうくさいからという理由でことごとく断った。

 四年たっても、税務署からはなにもいってこない。うちのような小さいところはきっと問題に していないのだろうと、善三はたかをくくっていた。事実、税務署でも入手不足のせいもあり、 このくらいの小さな屈は問題にしていなかったのである。確かに正直いってどっちに転んだって 大した課税はない。もっと悪質で大きいところを税務署はねらい打ちに調べていたのである。

 ところが、国税局から所轄の税務署に、日本有数の文房具用品メーカーであるB株式会社の製 品を扱っている文房具店の仕入れ状況についての調査依頼があった。大会社に脱税の疑いがあ り、それを国税局の査察部が内偵調査をやっている段階で、よくあることだ。全国的な規模でど んな製品がどのくらい流れているかを知りたいということで、極秘裡に税務署に頼むのである。

 「おたくは、B社の製品を扱っていますか」

 ぶらりと税務署の調査官が入ってきた。

 三年前からの仕入伝票を見せてくれということになったが、散逸してあるはずがない。結局、 荒井の屈のでたらめぶりが、B株式会社の内偵調査の副産物として、全部さらけだされてしまっ たわけである。仕入先を全部反面調査され、仕入高を基準にして売上高を推計し、三年前にさか のぼって莫大な所得税を追徴されてしまった。帳簿がないことには反論のしょうもない。“不 運“というべきか。