社員の保養所名目の社長の別荘は、「役員賞与」になることがある社長のための保護所は、会社の一定のコントロールのもとに、社員が福利厚生施設として自由に 利用できるものでなければならない。名目は社員の保養所として、社長専用の保養所がつくれるの も、同族会社の特権だろうが、それを見逃すほど税務署の目は節穴ではない。
由利プロダクションは、山井花江という新人歌手のおかげで、大変な利益を生んだ。一つよい ことがあると続くもので、波井博というこれまた大型新人歌手がヒットを飛ばし、笑いがとまら なかった。社長の由利真一(三十五歳) は多額の税金を払うのがいやなため、毎晩せっせと飲み歩 いた。経費を使うためである。
あるとき、北軽井沢に別荘をつくらないかという話を大学附代の友人から持ち込まれた。急激 に伸びた会社の社長というものは、往々にして足が大地についていないものだ。金があるうちに やっておけと、山の中の造成中の土地ニ000平方メートル(約六百坪〉を千五百万円の一吉い値で 買い、そこへ約二00平方メートル〈約六十坪)の豪華な別荘を建てた。三・三平方メートル当た りの建築費が木造で四十五万円というから立派なものである。家具調度品を入れると、全部で三 千万円ほどかかった。結局、この別荘を取得するのに、四千五百万円かかった計算になる。
このくらいの支出は、もうけの勢いに乗っている由利プロとしてはなんでもなかった。個人の 名前ではまずいというので、土地の登記も、建物の建築確認申請も全部会社でやり、会社内部に は社員の保養所ということにしておいた。
その実、使うのは社長とその家族がほとんどであった。ときには社長みずから自動車を運転 し、社内では見かけない若い女の子をこっそり連れてゆくこともあった。会社が新しく、社員も 新しい連中ばかりなので、社長個人だけしか使えない社員の保養所について、陰でぶつぶついう ものもいたが、これが大きな声となって社長の耳にはいるわけでもなかった。仕方がないという あきらめのほうが先だった。しかし、こういう陰湿な哀の声は、なにかのときに表にでると、大 きな反響を呼ぶものである。
結果は早かった。不動産の取得について登記が行われると、税務署にその登記所から、誰それ がこういう不動産を取得して登記したという通報がくる。由利プロの別荘についても同じであっ た。所轄の税務署は事実関係を確認しなければならない。実地調査があった。
「たった二十人の社員の保護所としては、ずいぶん立派なものですね」 と調査官に切りだされ、保護所の利用状況の記録とか、申し込み状況の整理簿やらの提出を求 められた。保養所を持っている会社ならこれらを作っておかないと、統制がとれないでしょうと もいわれた。パレたのは、いろいろやりとりをしている聞のほんのちょっとした時間だった。社長が府を立ったすきに、経理主任が、
「社長しか使わない保養所なんですよ」
ふといってしまったのである。
慣れた調査官は、ストレートに社長を責めたてると、経理主任が窮地に陥ると、外堀から攻 め、会社のために収益を生まない資産の取得だということで、取得資金の全額を社長の役員賞与 にして、莫大な税金を追徴した。