ナプキンとおしぼりの数が合わない中華料理庖きちっとした中華料理店では、客一人につきナプキン一枚、おしぼり一本を使う。ナプキンは洗 濯屋に出して、きちんとアイロンをかけたものを使うが、おしぼりは専門のおしぼり屋から毎日配 達してもらうことが多い。客数段定の有力な資料である。
島田直士口(五十五歳)は終戦直後小さなラーメン屋を開業したが、それが当たり、いまでは東京 築地のピルの二階を借りて、「関関亭」というちょっとした中華料理屈を開業するまでになった。
ビジネスマン、OLで混む昼時は、ナプキンもおしぼりも出さない。満席になると、六十人は はいれる庖だ。昼から夕方までは二回転ぐらいで、せいぜい一日七、八万円の売上げである。
問題は夜だった。ほとんど予約の客である。客数は一回転半ぐらいだから、入、九十人という ところ。それでも昼の売上げをはるかに上回っていた。一卓単位でもピlル、日本酒や老酒がつ くので、たいてい一人前二、一二千円になる。それでも日本料理や寿司屋よりは安い。一晩の売上 げは軽く二十万円を越していた。このほかにお土産がよくでる。焼売はこの庖の名物になってい た。この売上げもパカにはならない。広がはやるにつれ、島田は税金の重みを感じていた。
会社組織にしたほうが楽じゃないかと友人によくいわれるが、ついその機会をのがしていた。
売上げの三五パーセントぐらいは、所得に計上しておかないと税務署ににらまれるということは 聞いていたので、極力そのくらいのものは出していた。
売上げが年二千万円ぐらいのときは、まあまあなんとかおさまりがついたが、年四千万円を越 す頃から、一策を案じて、家族連れで領収書もいらないような客の分はカットしだした。しか し、売上げも毎年少しずつ増えないとおかしいので、少しずつ増やしてはいた。それでも、年八 千万円の大台にのるときはせいぜい五千万円をちょっと越す程度に工夫していた。
材料代のほうはそれに比例して適当に減らせるが、困ったのはナプキンの洗濯代である。これ で一日の使用数量がわかり、客数もおおよそ見当がつくので、洗濯屋をニヵ所に分けて、一ヵ所 の分をまるまる落としていた。その分が全体の三割ぐらいになったろう。
税務調査のとき、調査官はおしぼり屋で調べてきた毎日の本数を丹念に照合していた。
「客数にくらべて、おしぼりの数がちょっと多いですね」
「たまには、昼間のお客さんにもだすもρですから…」
「それではここの洗濯屋とおたくとは関係ないんですかね」
税務署が独自に蒐集した資料に、山川クリーニング庖と書いてある。一年間のナプキンその他 の洗濯納入枚数が克明に書いであった。島田が務としていたほうの洗濯屋である。
税務署は山川クリーニングの帳簿から、はやっている島田の庖を反面調査したのである。