跡継ぎ息子への投資は、それがたとえ医師でも必要経費にはならない開業医にとって、自分の息子が医科大学へ入ってくれることは、その段階で後継者ができたこと になり、そのため必要となる金銭的な支出は、開業医の立場からすれば、必要経費に考えていいよ うに思える……。
須永一雄〈五十二歳〉は、有名な私立医科大学を卒業してから十五年ばかり大学病院に残って、 臨床に従事するかたわら小児外科の研究を続けていた。開業したときはすでに四十歳を過ぎてい た。娘が一人と男の子一人の恵まれた家庭であった。長男には受験勉強を強制しなかったが、自 覚したのか自発的によく勉強した。
だが、須永の出身大学であるK校の受験は失敗した。ここなら入学に際して、四、五百万円の 費用しかかからない。一一一つ受けてようやくひっかかったのが、まだ数年の歴史しかない三流の医 科大学だった。もう一年浪人して、もう一度もっといい大学を受験するかと、親子で話し合った が、須永の後輩が助教授にいることもあり、卒業してからK校の病院でインターンをやらせ、勉 強させようと、その大学にいれることにした。因ったのは、入学に際して施設費など正規の寄付 金のほかに裏寄付のようなものを含めて二千万円の寄付金を、早急に納めてくれと理事長名で要 請されたことである。
開業してまだ十年になるかならないので、右から左へ二千万円の金を動かす余裕はない。妻の 実家から五百万円都合してもらい、銀行に泣きついて一千万円借りだし、あとは自分の預金や株 式等などで穴を埋めて、ようやく二千万円の寄付をした。おかげでこの四月から長男は医科大学 生としての第一歩を踏みだしたのである。
須永はこの二千万円の支出は、開業医として、代々医師として国民のためにつくすための必要経 費だと割り切って、その年の確定申告に必要経費に計上しておいた。もちろん、所得はなく、損失 が大きい申告である。須永は純粋な男である。考えようによっては、それが正しいともいえた。 だが、昨今の医師には、医師優遇課税批判のマスコミの応援を得た税務当局の風当たりが極め て強い。確定申告をして二ヵ月自には調査を開始された。
二千万円の大学に対する寄付金は必要経費にならないというのである。須永個人が負担すべき 家事の経費であるから、家事関連費に属するというわけだ。二千万円全額の必要経費算入を否認 され、所得税を追徴されることはもちろんのこと、過少申告加算税もかけられ、延滞税もかけら れた。
政治家が莫大な政治資金の献金を受け、それを政治活動と称して飲食に使っても、 もかけられないこともある。あまりに不公平ではないかと抗弁した。