架空仕入れでもやむを得ない理由があれば、仕入金額は否認されない商売をしていると、いろいろなことにぶつかる。仕入先がよそから仕入れたことにしてくれと要 請してくることもある。長い間の取引関係だと、それをのまざるを得ないこともある。これがすべ て架空の取引だということで、仕入れを否認されたら、たまったものではない。
三上香料株式会社は、日本でも名のとおった呑料のメーカーである。香料の種類が数多くある ように、原材料の仕入先も実に多い。三代続いているこの会社では、どの仕入先も長い取引関係 にあって、ときにはいろいろと仕入先の無理をきいてやらなければならないこともある。
最近のある事業年度の税務署の調査で架空の仕入れだとされ、三件で合計六百八十二万円の仕 入れを否認、隠ぺい仮装の事実があったとして青色申告を取り消され、さらに重加算税までも課 税される事件が起こった。これは三上香料にとって、まことに手痛いことだった。その内容とい うのは、次のようなものである。
(一)山本商庖からの仕入高三百十八万円は、まったく架空である。
(ニ)湯浅商事からの仕入高百九十一万円は、この仕入先が実在しないから架空である。
(三)与野商庖からの仕入高百七十三万円は、まったく架空である。
帳簿上に記載されている事実だけを追ってゆくと、確かにそのとおりなのである。税務箸のい うとおり、それぞれの仕入先から、帳簿に掲げられている他のそれぞれの仕入金額は、三上香料 は実際に仕入れているのではあるが、山本商庖と与野商庖との分については、その会計帳簿に売 上げとして載っていないのである。しかし、これには事情があった。
実は、山本商庖からの分は、富本商会からの仕入れなのだが、ある事情から山本商庖の名前を 使わせてもらいたいと、富本商会からたっての頼みがあり、山本商庖の名前で仕入れたことにし、 支払いの小切手も山本商庖あてに振り出し、それが富本商会にそのまま渡っているのである。
与野商庖からの分は、山本商庖のそれよりちょっと複雑で、地方の小さな材料商三社の分を一 括して、与野商庖の名前にしていたのであった。与野商庖はまったくマージンをとるわけではな く、支払い金額を一括して受け取り、それを三社にちゃんと払っていた。三上香料としては与野 商庖とこれらの三社とが、日常的にも取引が頻繁なので、便宜上そうしてもらったということで あった。しかし、本来の仕入れ取引はこれら三社と直接にやるべきであったのである。
以上の事情を税務署に説明し、関係ある証拠書類を全部揃えて、ようやく納得が得られた。そ の結果、仕入金額の否認は取り消され、重加算税も免れた。
困ったのは湯浅商事からの分である。これはいわゆるかつぎ屋のようなもので、会計上は仕入 れた実績はあるが、材料帳に載っていない。これについてだけは更正をのまざるを得なかった。