社員が起こした業務上の事故の賠償金はすべて損金になる昨今、交通事故は増える一方だ。この交通事故による損害賠償金などをめぐって、税務上もいろ いろな問題が発生することがある。損害賠償金は損金になる場合もあるし、ならない場合もある。
壱岐興産株式会社では、仕事の関係で自動車を六台持っている。社長壱岐虎三ハ五十五歳)は、 長男洋治(二十四歳)が大学を卒業すると、早速、自分の会社に勤めさぜた。息子だからといって 甘やかす必要はない、うんとこき使って鍛えろと専務にその教育訓練をまかせていた。
一番苦労の多いのは、第一線の営業である。洋治は毎日午前八時半から午後四時頃まで、関東 近郊地区の得意先回りと販路拡張のため働かされていた。日本橋の本社が起点だから、十単を使え ば相当の能率はあがる。父虎三には十年は辛抱しろと厳命されていた。
くたくたになって千葉から京葉道路を通って帰ってきた日の夕方、二重衝突事故を洋治は起こ した。前方不注意による事故で、負傷者も出た。もちろん、会社で対人対物の保険に入っていた が、それだけでは間に合わない。八百万円の損害賠償金を払うことになった。社長の虎三は「自 分の起こした重大な過失の事故だ。自分で払え」といってきかない。
経理部長は、会社が損害賠償を負担したときのことについて、いろいろ対策を検討してみた。
そして、法人税に関する基本通達に、こういう場合について取扱いが明示されていることを発見 した。
(一)会社の業務の遂行に関連した事故で、かっ、故意または重過失にもとづかないときは、その 支出した損害賠償金の額は、給与以外の損金の額に算入できる。
(ニ)会社の業務の遂行に関連した事故だが、故意または重過失にもとづくときは、その支出した 損害賠償金の額は、そのものに対する債権とする。 社長の意見を通すと、この口の規定にあてはめるより仕方ない。結果、会社が八百万円を払っ て、この八百万円は洋治に対する会社の貸付金とすることになった。洋治は年百万円ずつ八年間 で完済することにした。
故意または重大な過失かどうかの判定は、実に微妙な問題である。一番はっきりさせるのに は、裁判によるより仕方がない。だがしかし、この場合は洋治の業務上の不注意による事故なの で、本来は会社が賠償金を払ってかまわない。したがってそれは全額会社の損金になる。税法は 民法とのかねあいで柔軟に運用されることもあるのだ。
これが、会社の自動車を借り、ドライブに行って事故を起こしたとしたらどうだろう。会社が 不足の賠償金を払ってやれば、故意または重大な過失であろうがなかろうが、彼は会社に対して 債務を負うことになる。