業務にかかわりない貸付損失は必要経費にならない個人経営の事業所得者である場合、事業所得の金額は総収入金額から必要経費を差し引いて計算 する。必要経費は、その総収入金額をあげるために、直接または間接にかかったものにかぎられ る。
孫山次郎(五十三歳〉は都心で銭湯を経営していたが、いわゆる公衆浴場は二十年ぐらい前から 急激に不振になってきた。とくに孫山のように都心でやっていると、その影響はひどかった。思 い切って、古い建物をぶちこわし、鉄筋の建物にし、一階は駐車場、二階から四階にかけてサウ ナとマッサージを営業し、五階を住宅にした。思ったよりこれが当たった。とにかく日銭が入る のがよかった。毎日の収入はぐんと伸びた。 かね
良きにつけ悪しきにつけ、金の入るところは友人たちに目をつけられるものである。いちいち 話をきいていたらきりがない。そのなかの一人に昔自分が困ったときに世話になった神井宮士ロ (五十二歳)という中学校の同級生がいた。勤め先の会社が倒産したので、仲間と新しく別に会社を つくろうというのである。資金が二千万円ほどいる。千五百万円まではなんとかなったが、あと 五百万円がどうしても不足している。そこで、五百万円を一年間でよいから貸してくれないかと いうのである。五百万円というと孫山にとっても、ちょっとした資金である。ピルの建築資金の 借入れもまだ全部返し終わっていない。といって、むげにことわるわけにもいかない心境である。 無理して五百万円を融通した。神井は非常に有難がって帰って行った。
いずれ、正式に新会社としての借用証書をつくってくるからと、名刺の一袈に、五百万円を借り ました。一年以内に返済しますという借入れの一札を書いて置いて行った。
一年目はすぐきた。孫山はその問、気にしないではなかったが、あの真面目な神井のことだか ら、そのうちになんとかいってくるだろうと思っていた。個人の青色申告なので、決算のときに はきちんと貸付金にしておいた。これは資産勘定だから損益には関係ない。ところが、その後も なんの音沙汰もない。しびれを切らして名刺に書いてある電話番号を額りに、電話してみたら半 年ぐらい前にどこかへ引っ越したというのである。引っ越し先をきいてもわからないという。自 宅は知らない。ついに、貸してから二度目の決算が来た。もはや取り戻すこともできない貸付金 である。彼は貸倒損失にした。五百万円の貸倒損失だから、所得金額は例年になく少なくなった。
税務署から決算内容について聞きたいことがあるから、ちょっと来てくれといってきた。行く と、貸倒損失の内容について説明してくれというのである。サウナで貸倒れが出ることはないだ ろうというのである。たしかにもっともである。ついに業務にかかわりのない貸倒損失となり、 必要経費にはいらないことを認めざるを得なかった。