売上高と売掛金残高の調整はあとで困ることがある

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売上高と売掛金残高の調整はあとで困ることがある
 売上げがあってはじめて売掛金が発生する。会計的には売上げは収益であり、売掛金は資産勘定 である。そのいずれも利益の発生につながりを持っている。したがって売上高と売掛金残高の両方 を圧縮すれば、利益の発生が少なくなることは間違いない。

 複式簿記の原理によると、売上高は貸方に発生し、売掛金は借方に発生する。両方から同額の 金額を差し引いておいても試算表の合計額は合致する。一方で売上高が少なくなり、売掛金が少 なくなるのであるから、利益は当然少なくなり、所得金額も少なくなって法人税がいくらか少な くてすむことになるのだ。

 宇津商事株式会社の経理部長は、こういうことについて悪知恵のよく働く男だった。試算表を つくってみると、どうもこの事業年度は二、三千万円の税金を払わなければならないように推計 された。ところが実際には資金繰りが苦しい。社長に相談すると、なんとかうまい手はないかと いうだけだった。社長のいううまい手というのは、別段に積極的な脱税をしようというのではな かったのだが…。

 経理部長はうちは取引先の口数も多いし、売上げの口数も多い、だから売上高〈貸方〉から三千万円減額し、売掛金勘定〈借方〉からも三千万円を減額しておけば試算表は、ぴしっと合う。 そして、売掛金の明細書では一口ごとの売掛金残高は帳簿上の残高と照合されたときに違ってい るとうるさいから、それはちゃんと合うようにしておき、合計額だけ三千万円少なくしておけば よいと試算表を示しながら説明した。

 「そんなことがうまくゆくのかね」

 社長は面白いやり方だという顔付きで聞いていた。得意満面の経理部長は、 「税務署の調査は案外抜けたところがあるもので、取引先ごとに売掛金の残高をいくつか売掛金 元帳の残高とチェックして合っていれば、この売掛金残高の明細書は、きちんとしていると思っ て、全部の合計額なんか検算なんかしませんよ。大丈夫ですよ」

 と説明した。

 「ふーん。そうすると一千万円以上の税金が助かるわけだな」

 社長は納めなくてすむ税金に気をとられ、経理部長の提案を受け入れた。 その事業年度は税務調査もなく、この処置は成果を収めた。次の事業年度もそれを踏襲し、売 掛金の残高は少ないままでとおさざるを得なかった。ただし、なんの工作もしていなかった。し かし、その次の事業年度で困ったことが起こったのである。大口の取引先が一社倒産したのであ る。その会社への売掛金が千二百五十万円もたまっていた。その上、この年度は売掛金を手形で 回収したのが多かった。だから、ほんとうの売掛金残高の合計は四千八百九十三万円である。こ れを三千万円少なくしているから、千八百九十三万円しかないことになる。これからさらに貸倒 損失としてこの千二百五十万円を差し引くと、決算書上の売掛金勘定の残高は、実に六百四十三 万円しかないことになる。これではいかにも少なすぎるし、売掛金元帳と照合すれば、インチキ がすぐパレてしまう。予期せぬ出来事に経理部長は困りはてた…。