酒瓶の仕入れ本数と売上げが一致しない小料理屋

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酒瓶の仕入れ本数と売上げが一致しない小料理屋
小料理屋はもうけのもとを、酒やビールの売上げに絞っている。一升(一・入リットル〉瓶から、 徳利十二本とれば正直なほうです。店によっては十三本のところもあれば、十四本のところもあります。 つまり、税務署としては、酒の仕入れの本数がわかれば、売上げも推計できるわけです。

 羽取衣子〈四十八歳)は、女盛りを過ぎてますます欲が深くなってきました。幼いとき亡くした娘、絹代の名をとって、「絹代」という小料理屋を開いて十五年になります。国電の大井町駅の西口近くには、同じような店がたくさんあります。夫に死なれてから十七年、一階を店にして二階に長男晃(十九 歳〉と二人きりで住んでいます。長男は大学受験のため浪人をしていました。

 ある日、税務署から電話がかかってきました。

 「明日、調査に伺いたいのですが、何時頃がご都合がいいでしょうか」

 非常にていねいな言葉づかいでした。衣子が電話を受けたのが、午後三時ごろ、これから夜の準備にかかろうかとしているときでした。午後五時になると、ぽつぽつ客がきます。といって朝からでは夜遅い稼業柄とても無理です。結局、午後一時頃ということで約束をしました。 衣子はまがりなりにも、帳簿をつけて青色申告をしていました。計算を手伝わされるのは晃です。翌日、約束どおり四十歳ぐらいの調査官が現れました。衣子にとって、実は気掛かりなことが一 つだけあったのです。

 「お忙しいでしょうから、なるべく簡単にすませましょう」

 と、調査官はいきなり仕入帳から日本酒の仕入れ本数を月別に整理していきました。帳簿から計算 した一級酒の仕入れ本数は百二十本で、二級酒は百八十本です。これをもとにして、売上げにあたる一級酒の徳利による本数を千八百本、ニ級酒を一二千七百本とはじきだしました。一級酒は徳利一本二百円、二級酒は百七十円なので、日本酒の売上げはすぐに計算されてしまった。

 どうも、調査官は日本酒一本から徳利十五本で計算しているようでした。そばで計算をみていた衣子には、それが事実なのでよくわかりましたが、売上げのほうはそうしてはいませんでした。

 衣子は近所の同業者から税金をうまくごまかすには、一本からとる本数でごまかすのが一番だ ときいていました。十四本で計算して、毎晩の売上げのうちから、一本分をはずしていたのです。

 一日に一級酒が五本でたときは、徳利五本分の千円が除外されていたわけです。二級酒のほうは八百五十円の除外、一年のうち三百日営業していたとして、六十五万五千円の売上げが落ちていたことになるから、売上限から拾いだした日本酒の売上金額と合いっこないのです。

 「お宅は、一升瓶から十五本とっているときいたんですが、ちがいますか。実はうちの連中がち ょいちょい飲みにきていて、おかみさんにきいたようですよ」