週刊誌の記事内容と申告の実際が違っていたトルコ風呂税務署はともかく、国税局の資料調査課の情報や資料の蒐築技術は次第に磨きがかけられてきて いる。とくに東京国税局では資料調査課が四課もあり、それぞれ専門分野での資料蒐集活動がさか んで、新聞や週刊誌もだてに読んでいるわけではない。
千葉と川崎は、東京近辺ではトルコ風呂がたくさんあり、しかも盛況なところである。東京国 税局の資料調査第三課の宇津主査は、通勤の電車の中で、「週刊毎朝」を読んでいた。かたいほう の週刊誌だが、ときどきコラム記事のなかに、ピンク情報が載っていることがある。川崎の「宴 花」というトルコ風巴は予約で一杯だ、しかもその日の予約じゃ駄目だという記事を読んだ。
宇津はここしばらく、ある大会社に関連する資料蒐集に部下の三名の調査官と一緒にくたくた になるまで働いたので、二、三日はちょっとのんびりしたいと思っているところだった。「宴花」 を所轄する税務署に、その申告内容を照会した。同時に最近調査をやっているかも問い合わせた。
有限会社組織で、申告所得金額はここ数年三百万円から五百万円ぐらいのところで、三ヵ月ぐ らい前に実地調査もやっているが、部屋数の割合に客が少ないようなので、ちょっとした小さな 更正額でケリがついているとのことだった。
〈そんな馬鹿なッ。トルコ風呂なんでいうのは、脱税の常習犯じゃねえか〉 血の気の多い字津は舌打ちした。宇津は課長に相談、調査の承諾をとり、若い調査官江藤をト ルコ風自にもぐり込ませることになった。江藤が予約の電話をすると、例の記事どおり、午前一 時までは満員だということだった。翌日の午後九時の予約をとった。
江藤が通されたのは二階の部屋だった。まちがったふりをして一階の廊下を歩き、部屋数を数 えた。三階までで二十八室あることがわかった。どの部屋も「使用中」のランプがついている。 江藤は堅くて細長いベッドに寝かされ、マッサージを受けた。
「いい気持ちだな。あんたも疲れるだろう」
江藤の優しい言葉に、ついその女は一日に 最高で八人の客をとるといった。入口で入浴 料三千五百円払った。江藤は頭の中でこの庖 の一日分の売上げを計算した。一日六十万円 はかたいと踏んだ。「宴花」は再度厳重な税 務調査を受けて莫大な税額の更正処分になっ たが、江藤がその夜本番までいったかどうか は、さだかでない。