あいまいなかたちの取締役は役員報酬で問題になる日本人の惑い癖は、物事をきちんとけじめをつけてやらないことにあるといわれる。その悪い癖 はおおらかと表現しようか、それともあいまいといおうか。そこを税務署につけ込まれて、余計な 税金を納めなければならないはめに陥る例もある。
佐川電気株式会社という西芝製作所という大会社の下請け専門の会社がある。社長の佐川富士 夫(五十二歳)は亡くなった親父の跡を継いだのだが、大学を出て十五年というものは、よその会 社で会社経営の苦労を味わいながら勉強してきた。それだけに人物も磨かれていた。古くからい る部下を大事にするので、会社の中もうまくいっていた。
工場長の志村賢治(五十六歳) を重用し、定年前に、取締役にしてやった。志村はそれ以来、工 場長兼取締役として工場の運営を総括していた。工場長だけの時代は月四十五万円の給料だった が、取締役に昇格してからは月五十万円になった。六月と十二月には、従業員並みのボーナスも 出していた。従業員の最高が六月に二、三ヵ月分、十二月に四ヵ月分ぐらいなので、その割合を 超えない程度のボーナスを出してやった。前年度は六月に百十五万円、十二月に二百万円、合計 が三百十五万円であった。
税務署の実地調査があって、志村に対するボーナスの全額三百十五万円は、役負賞与であるか ら、損金算入を認めないといわれた。会社はこれは工場長としてのボーナスだから、損金にいれ てしかるべきだと抗弁したが、
「給与台帳には、工場長兼取締役志村賢治と書いてあるじゃありませんか、毎月の五十万円の給 料だって、これではどこまでが工場長の分なのか取締役の報酬なのか、はっきりしないんですよ」
「税務署としては、取締役のボーナスと見て税金をとりますからね。おたくのほうには、そうで ないという書類上の証拠はなんにもないでしょう。だから、役員賞与として損金に算入を認め ず、法人税をいただくことにしたのです」
こういわれれば反論のしょうがない。たしかに、志村を取締役にしてから、工場長としての給 料はいくら、取締役の報酬はいくらという明確な区分はなにもしていない、ただ漠然と毎月五十 万円払っていたのである。
その後は、株主総会で志村に対しては取締役の報酬は支給しないとはっきり決議して、議事録 もきちんと整備した。工場長の身分は使用人である。これは社長との聞の一雇一傭契約によって、給 料をきめればその全額が使用人としての給与になるので、これはいわゆる社長名による辞令で明 確にした。そして、使用人給与である工場長の給料を基準にして、ボーナスを出すようにしたの で、その後の問題はおこっていない。